Works
作品集

2022年の歌

除草剤撒きいる右手をつと止めるわが手の甲にアキアカネ来て

自転車に灯油とミステリ小説を乗せてカーブの坂をのぼりぬ

殺戮ののち幸せになりたまえ欅の幹を強く蹴り上ぐ

二年ぶりに授業参観のおしらせを手にすることで満つる幸せ

Zoom画面に映るあなたの顔ゆるみ病室徐々に明るみはじむ

かりんとうのようなる部屋の硬さにも慣れたり暗く寒き日増えて

自転車でころがるようにして坂をくだるくだるくだりては海

はつふゆの授業参観に涙する保護者おりたり陽射しのなかに

低き声の男児一人が教室に交じりていたり黒点のごと

牛丼屋閉店したる町にいてカラスの声を聞きているなり

子とともに祈りを捧ぐドアいちまい隔てし先の君の臓器に

【手術中】ランプの消えて執刀医の出で来るを待つ手をあわせ待つ

淡々と仕事に打ちこむ横顔に見惚れておりぬ雨垂れのごと

本当に大好きだからエスカレートせずに済むほど冷たくしてね

自転車のタイヤに空気の充たされて秋空ふゆに変わりゆく見ゆ

情熱を向けてくれた夜も翌朝も素焼きのナッツみたいな君だ

年賀状のメールでいただくこと増えて元日郵便受けは孤独だ

今われは既婚か未婚かわからぬまま義父母とともに過ごす正月

あっけなく街を去りたりミレンとかココロノコリはひとつとてなく

恋人を寝かせるごとくハンガーにかかりしままのワンピース置く

ここでキスできないという考えが突然の訃報みたいに届く

ドーナツの真中に音は響きたり空席ばかりの関係者席

帰るのがめんどうなのと訴えてみたいよ今夜きみに会えるなら

熟れすぎたバナナを剥けりまだあおきバナナをこのむ君おもいつつ

どこまでもついていってしまいそうあなたにその目で誘われたなら

ひとつずつクリアしてゆけ雑踏に耳にするもの目に入るもの

「漫才のネタ考えたから見てくれる?」息子は夜毎わが前に立つ

まどろみのなかに見ゆる影あつまりてあつまりて散る散りて華やぐ

ときとして愛情だけでは足りなくて扉を開く者として生く

こだわっていたことぜんぶ色褪せてどうでもよくなる 雨に濡れたシャツ

おしゃべりなあなたを黙らせるために真冬の空に花火はあがる

君のいる病院までの道のりをGoogleマップに呼び出しており

さくらもち草餅かしわ餅すぎて三色だんご並びたる窓

髪をかきあげるしぐさの大人びてわが産みし子と信じがたかり

川沿いをゆくひとたちを祝うごと桜花びら舞いはじめたり

花筏のあいより釣り上げらるる鮒春の眠りをさまたげる声

果敢無げでつれない君と出会いたり遠い昔に遠いところで

あなたとの101件のやりとりは【秘密フォルダ】に残されたまま

駅までの自販機すべて水だけが売り切れていて白い休日

眠りなさい 耳の奥のほう引き金が引かれてゆくよう重い鉄の音

岡惚れというのかこれが吹きあげる風がささやく懐かしき声

鳶のあと追いかけるように鳶のゆく廃墟の向こうへ闇の向こうへ

病棟の長き廊下に沿う窓を殴りつけるごと雨は降りおり
 
パンやさんごっこはしないアイスクリームやさんごっこもしない我が日々
 
目玉焼きを「満月サラダ」さけるチーズを「三日月サラダ」と名づけてみむか
 
エピローグは必要ないよねゆっくりとフェードインした君との時間
 
映画史に残るくらいの純愛を演じてみたし不惑過ぎれば
 
ひといきれのバスの中から見下ろせる霞ヶ浦に夏木立揺る

好きという言葉を引き出せぬままに君との仲は終わりを告げぬ

本を読むモチベーションさえ失くしおり君に語れぬ日々の続けば

夏の風強くなる夜戸を閉める息子の影に憂いのありて

会いたいと思ってくれているだけでいいそれだけで充たされるから

気持ちいい? 何度もたずねてくる君の白きの混じる髭を見ており

長い髪たばねるみたいにヘアバンドでぐるぐる巻きにする文庫本

笑ったり泣いたりしながら君を思う風鈴しずかに吊られておりぬ

かっこよくなりたい大地になりたい海になりたい無敵になりたい

いつどこに行けば会えるの蜩のかさなる声に泣き疲れたよ

柔道をやるにはいささか貧弱で緑蔭のなか佇みており

わけもなく悲しくなったりするもんだ待ち合わせ場所の表参道

肉体の成長見たり微かなる声の変化に男の宿る

食べ残しのピザを囲んでぼくたちは熱く静かに語りあいたり

午睡より覚めればラジオのボリュームは下がりていたり夏の甲子園

鯖缶の蓋開けるとき外気温の高まり肌に纏わりつきぬ
 
ハンモック吊りたる庭にトラックのバックブザーは繰り返し鳴る
 
梨の皮鳥肌のごとく粟立ちてナイフ鋭くぷすりと刺しぬ
 
スーパーで買いこし葱の足もとに落ちていたれば稲妻止みぬ

蒲公英を「ぽぽんた」と繰り返す子よ狸飼うならその名にせむか

「え、狸、飼うの、ねぇねぇ、飼うつもり?」「そんな暮らしも悪くないでしょう?」

渡されし綿棒でエレベーターのボタン押しおり薄暗き昼

高き空の下(もと)に紫蘇の実摘みおれば遠く自転車のベルの音響く

間違いなく愛されてたと言える日が来るかも知れず再婚はせぬ

ありがとうありがとう本当にありがとう ――風船手放すように逝きたり