Works
作品集

2023年の歌

騒がしい外の空気を隔ており珈琲豆をごりごりと挽く
 
ストーブに乗せた薬缶に手をかざし故郷の友を思いやるのみ
 
替えの利く部品みたいに我がこころ一部だけでも変えられたなら
 
君の好きだった季節がやってきてまた去ってゆく凪に浮く舟
 
レールのない大地を進め 窓の辺に下弦の月の高々とあり
 
探してた自分に会うため垂れこめる分厚い雲を吹き飛ばすのだ
 
君と喧嘩した日のことを思い出す手をとり眠った日のことよりも

もしかして君の運転するバイク? ついさっきまで横にいたのは

黄の車見ようと思えば黄の車ばかり走りいる圏央道なり

伽藍堂の部屋に残っているものはきっと宇宙とつながっている

明日また会えるみたいにさりげなく別れてゆこうピアノの蓋閉めて

太陽が南中したら猫たちは庭いっぱいに寝そべりており
 
競技大会の花火の閃光は遠田の空に高く結べる
  
花束を抱えて君に会いにゆくリボンに淡き光あつめて
 
夕焼けのきれいな道へ出でにけり遠回りして帰りましょうか
 
ココナッツミルクを湯煎にかけるほど寒き午後なり猫の声がす
 
令和五年初満月に君のことあの人のこと思いておりぬ
 
新聞を配るバイクの音聞こゆ冷たき部屋のまどろみの中

快晴の梅の冬芽にみずからの嫌な部分をおもてに出しつ
 
出羽三山神社の合格御守も放りいたれど吉報届く
  
君に出会う前には何をしていたか何を思って生きていたのか
 
ブランコにならんでいると今までの悩みすべてが消えてゆくよう
 
一脚のワイングラスがテーブルに置かれていたり深紅(ふかきくれない)
 
梅の芽の堅く膨らみつつあるを遠くの星を見るごとく見る

真っ直ぐに伸びますようにと願いたり幹まっすぐに育ちておりぬ
 
今朝も庭の猫とたわむる盗塁を刺す捕手のごと生きたかりしも
 
筑波嶺のぼんやりうかぶ春の窓シュークリームを買いにゆかむか
 
古書店へ売りにゆく本今生の別れと思い久しく眺む
 
天王寺動物園に飼われいしキウイ「キーウィ」と鳴いていたりき
 
春曇り君のとなりにわれ遊び疲れて眠る子どものごとし

黴取りの技術を得たり呉服屋の桜の花の二分咲きのころ

日々の暮らし営むのみに精尽きて二匹の猫をぼんやり眺む

矮鶏檜葉の下で遊べるニャアちゃんとニャーニャちゃんとに近寄りゆくも

ビル裏に自炊の弁当広ぐ女子かつてのわれを映し出しおり

創業五十二年とう文具屋に君も通いしころありたるや

卒業式より少しだけ地味な帯締めて入学式に臨みぬ

アパートの住人みんな出払っているあいだだけ仔猫は寄り来

黄金週間(ゴールデンウィーク)という耳障りのいい言葉には騙されないで

左手の菓子折右手に持ち替えて九階のボタン左手で押す

立ち上る細かき気泡見ておれば世界は善に満ちてくるなり

修復もかなわぬままに茄子トマトきゅうりパクチー育てておりぬ

庭のある暮らしに慣れて朝な夕な庭にたたずみ庭にしゃがめる

投資なんかやめろと言われてからずっとしてないよ今も君が好きです
 
ねぇ、今日が人生最後の日だったら? 中一男子の真剣に問う
 
四十七になりて初めて「断捨離」というもの恐るおそる始めぬ
 
大阪の母おもうとき我が齢(よわい)母のそれより十(とお)ほど上なる
 
もう二度と会いたくないと思いおれど会えない日々は悲しかりけり
 
和歌山の祖母おもうとき若草は夜つゆ纏いて月光を浴ぶ
 
梅の実を採りにおいでと誘われて老梅の樹を仰ぎみており

「野性的でいいなぁキミは」繁華街(おおさか)に育ちしわれを眺めて君は

目の前に思い詰めたるひとのいて舞台装置のごとき夕空

夜釣船遠のきながらしゅらしゅらと北関東の海照らしゆく
 
君からのメールはいつも穏やかで朗らかで 嗚呼 朝凪に待つ

君とわれ鬼灯市に降り立ちて人々のなか紛れこみおり

昼の月おおきく淡く出ておりぬ神輿を担ぐ子らの背後に
 
四年ぶりサイエンスキャンプに出かけたる子をつくば駅まで見送りぬ

鬼怒川の支流にありて漕ぎ出だすカヌーにわれと丸き石ひとつ

静かなる夏の夜空に流れ去る星に真実告げておかねば

恋人の存在ふくふく膨らんで私の影がすうぅと消えゆく

五日ぶりに会う子は見知らぬ青年のごとくつくばの駅に立ちたり

秋の気配まるでせぬまま夏休み終わりて君は大人になりぬ

生者死者入り乱れおり灯籠に夕べの空気さかんに揺れる

君とふたり串持ちながら笑いあうことでこんなに充たされるなんて

大切なひとを助けてくれた人その人もまた大切な人

子も草も知らないあいだに伸びており筑波嶺ひくく遠くにありぬ

会場のさざめき次第に膨らみてクライマックスではじまる歌会

嗚呼夕焼け左の窓にあざやかに常磐線の下り列車に

ドライヤーの風に靡ける黒髪はたっぷりとして艶やかに見ゆ
 
またブログ始めんとしてパソコンの前に座したりネタはなけれど
 
人口の五割以上がやっていることはやらぬと決めたまではよし
 
きのうから一首もできずカフェに入り高校生らに囲まれており
 
高校生たちの会話は語尾だけで成り立っていてかなりヤバくね?
 
勉強があまり得意でなさそうな子たちの話に優しさ滲む