Works
作品集

2021年の歌

悪口と自慢話がひしめいて私もそこに加勢しており

おたよりも答案も紙ひこうきとなりたりひとたび子の手に渡れば

オレ戦国時代にいたら即死だよ 平方根を解きながら子は

「傘持って出かけなさいよ」かつてわれに向けられし言葉われは発する

影絵芝居見ているようだ鬱蒼たる竹林の奥夕陽の射して

ひとときが油のようにゆうるりと流れて君の返事を待てり

ユーラシア大陸みたいな雲だねぇちっちゃな日本もくっついている

鹿児島へゆきたし奈良へゆきたしと思えば思うほどに籠れる

たぐいまれなる才能を持て余しふうぅと息をつきたきものよ

研ぎ終えし包丁しばし眺めおり魚釣島に思いたぎらせ

消毒と検温をして入りたり図書館カフェバー質屋おもちゃ屋

梅の木に蜥蜴を刺して銀杏には蜻蛉を刺して百舌鳥は留守なり

サラサーテ流るる部屋をあとにしてわれは廊下をひとり踏みしむ

きつねうどん食べむとあぶらげ煮付けおり土曜ひとりの昼餉のために

薄氷に覆われしずかな時の過ぐ湖の辺をひっそり歩く

年明けて霞ヶ浦のはす沼は氷に閉じしまま日昇り来

物語書かむとぞ思う年始め思うのみにて毎年過ぎぬ

夕凪に耳をすませば水鳥の身を寄せあいたる羽の音きこゆ

二〇一七年われは茨城の地にまいおりて暮らしはじめぬ

段ボール二箱分の紀州みかん今季も尽きて子は「あー」と言う

カフェインを控えむとして珈琲を二日やめたり二日だけなり

どら焼き屋を出たあとすぐにケーキ屋をみつけて苺タルトを求む

どら焼きの袋とケーキの袋さげ電気屋のレジに並びおりたり

いつまでもガラケーユーザーでありたしとスマホの案内かたはしから捨つ

マイホームが砂のお城と化してゆく老後資産を見積もるたびに

何者にもつかまえらるることのなき風になりたし湖のうえ

畑道を横切ってゆく自転車とおなじ速度で走る軽トラ

アーモンドチョコ買ってきてマカダミアナッツじゃなくてアーモンドだぞ

明日からレストランでバイトしよう着物でなくて制服でしよう

描いてた未来のかたち電熱器にたこ焼きくるりと仕上げるような

「数学の食塩水の問題は小学理科よりラクに解けるぜ」

茄子の苗植え終え息子が「よし!」と言いつづいて義父が「よし!」と言いたり

美しく整えられたる竹林ににょきにょき生えてくるタケノコは

唐揚げを弁当容器に詰めてゆくパートタイムは終わりに近づく

自己管理をいっさいがっさいすることなく生きてゆきたき年ごろなれど

珈琲豆ひきたてて湯を注ぎつつ「愉快ゆかい」と唱えてみても

しおらしい顔とふてぶてしい顔とどちらの顔でのぼろうか坂

なぜムキになるんだろうか競ってるつもりはまったくないというのに

石鹸をいつも以上に念入りに泡立てており電車に乗りし日

給料日までの日数かぞえおりかつて一度もしたことなけれど

味噌汁のために毎日だしを取るカタクチイワシの頭をもいで

「はやくカヌーできるといいね」子はわれを気づかいながら声かけくるる

仏間にてダークマターの特集を読みたり何かに吸い込まれたくて

キャリア捨て田舎に来た意味思いおり時間給にて雇われながら

小遣いで怖い話シリーズを買い集めおり小五男児は

厚揚げをほおばる君の美しきほほのうごきのリズムのよけれ

まち針を落とす音さえ隣室に聞こえてしまいそうな静けさ

四月から干しっぱなしの付けさげをじっと見ており雨のさなかに
  
窓枠に腰かけて部屋を眺めれば他人行儀な顔をしており

暑中見舞い申し上げます木の札に一輪の花描いてすがし

「コロコロ」は「カンカン」の中に「タルタル」は冷蔵室に仕舞われており

風下に君がいるから加速度をつけてわたあめ運びゆくなり

どしゃぶりの雨だってことに気づいてる? わが手をとってほほえむ君よ

月の光まっすぐに射す部屋にいて今日の試合をふりかえりおり

夏休み中もパートはつづけおり子は留守番に慣れてしまえり

蝉の大合唱ののち虫たちの合奏聞こゆ一日のうちに

気に入りの作家も野球の監督も子の担任も年下でして

ざわめきにこころはかしぐ夕凪に枯れてゆきたる向日葵の花

サヨナラをいつ切り出すか真夜中に下弦の月がのぼりはじめる

模擬試験受けてるような毎日がふいに終わりを告げる長月

むしばまれゆく毎日を生きておりかつて日本に四季はありたり

Pちゃんという名をつけて可愛がりはじめた海の白き生きもの

おそらくはここは私の居場所じゃない どうすればよい どうすれば……

またひとつ父ちゃんに似るしぐさ見せ子は少しずつ大人になりゆく

ビル群を遠くへやりてこんもりと杜を築けり愛宕神社は

エリさんと寄り添い都内を歩きたるほんのひととき思い出しおり

だんだんに茨城弁が上手くなる馴染みの猫も大人になりて
 
オリンピック観戦すればやりたいこと増えてゆきたり空手はじめん
 
火入れせぬ季節は蚊取り線香の灰を囲炉裏に落としておりぬ

みかん飴のようなる匂い病室の隅より丸き椅子引き寄せて

御堂筋のイチョウ並木を歩かぬまま十五年経(ふ)るクリスマスイブ

食パンを厚めに切りおり大切なひとの手術は始まりており