Works
作品集

2020年の歌

買い置きしプリンを盗られてしまうこと起こるはずなく時過ぎゆけり

アイロンのかけ方を子に教えてるあいだも君のことを思うよ

珈琲を一緒に飲みたい ワインとか言わないからさ 君に会いたい

単衣から袷に替えるタイミング年々遅くなりて霜月

書きかけの詩の一節を読み返すどうしていいかわからないまま

力なく小さき器に干しぶどう枝つきしまま残されており

教室は無法地帯と化しており担任復帰の目途たたぬまま

算数は息子が教えているという三十四人の児童を前に

音楽と図工はほとんど自習だよ国語もたまに自習になるよ

社会科は教頭先生、道徳は校長先生、理科は日替わり

「うるさいけどがんばってるからウルガだね」子は掃除ロボットに名前つけおり

どんぐりをぎしぎし踏んで行く先にあかるき風車まわりていたり

はじめてのインフルエンザにかかりたる子を抱きしめてまるまりており

熱下がるときを待ちつつ豆乳のプリン作りたりしろきこころで

低き陽の囲炉裏に射して鉄瓶はやわらかな色はねかえしたり

「ほいくえんのおもいで」をみて涙出づ三年前は園児だったのだ

父母のふるさと紀州より届きたるみかんすすりて子はまた眠る

おしゃれしてしあわせそうなひとたちが表参道ゆくテレビジョン

手をかさず声もかけずに雪の日を息子とふたり過ごしていたり

「ドラえもん」に出てくる人物だれひとり好きになれなくてもかまわない

「たんじょうびおめでとう」と書きしまま三六一日を経ぬ

チャボひばの根もとに深く穴を掘れ庭に死にたる狸のために

トラックが五台六台通り過ぐあいまにわが子のひょろりんと見ゆ

湖のほうより風のふきわたり一人のときを床みがきあぐ

大粒の雨が一粒落ちてきて野良猫二匹は森へ消えたり

幾人もの旅をなぞりて読み終えしアルゼンチンの民話閉じたり

読み終えし本閉じたればハチドリのはばたく音のかすかに聞こゆ

ネギ買いに来たはずなれどはちみつとらっきょう漬けを買いて帰りぬ

納豆のパックを横に押しやりてケーキのためのスペースを空く

松ぼっくり水に浸して何日も息子は観察しつづけており

天然痘流行りしおりも民衆は噂に噂を重ねたるらむ

群れずにはおられぬ人ら集まりて不安をあおり合いて別れぬ

憲法を学びいる子がかたわらに座りてわれに説きくるるなり

いい陽気ですねと声をかけあえる人もおらずに信号を待つ

テーブルのピザ冷めゆけり囲炉裏辺の肉じゃがモツ煮を子らは好みて

筑波山が紫色に見える日はラッキーなのだと子は走りゆく

街路樹のポプラが樺に変わりたる地点を過ぎて水郷の地へ
 
オンライン飲み会の誘いことわりて『食べる投資』という本を読む
 
ひとりっ子だったらよかった 奥の間の柱のかげに幼きわれは
 
新緑の楓の下に佇みて注射器工場のうだつを見上ぐ

ぼくたちの進展しない関係は正三角形を描くがごとし
 
庭先の花つぎつぎと咲き初めてはしゃぐ子どもを見守りており

待ちあわせしたいよ君とアイスラテ(タピオカ入り)を片手に持って
 
一帯は田植え終わりて若みどり朝の水路にみず満ちており
 
伝統的工芸品ってうちにある? 社会科の課題に向き合う子の問う
 
これが加賀友禅これが小千谷ちぢみそしてこっちが牛首つむぎ
 
きもの以外ないの?と呆れる子に返す「着物のほかはないのよ何も」
 
オレもっとほかのが見たい鉄器とか輪島塗とか曲げわっぱとか
 
雨強くなりたる夕べ帰る子を出迎えんとて通りに立ちたり
 
てんびんが傾がぬように暮らしおり卵ゆでるも雑草抜くも
 
市立の博物館などめぐりては記念スタンプ押して帰りぬ
 
タイマーを十五分間セットして横になりたり梅雨のさなかに
 
待ちわびし人は来ぬまま上半期明けて子どもと植えた紫陽花

夫という存在わすれ姑とならんで鍋の火をみる夕べ

毎日をぼんやり過ごす五月雨をどこへもゆかずだれとも会わず

眠りいる子がかわいくて手の甲や頭や腕や膝なでており

子に期待よせすぎぬようひんぱんに生まれたころの写真みており

焼きたてのチーズケーキを切り分ける 猫を飼うってどんなふうだろ

肉焼かむきのこ焼かむと子どもらが裏庭に火を起こせる夕べ

早起きをした朝なぞはこころよく家じゅうの窓開け放ちたり

穏やかで明るい子ですと答えおり学期終わりの個別面談

「東京には行かないように」「くれぐれも県の外には出ないように」と

広告を見くらべることスーパーをはしごすることなく十四年

暗号で書かれし手紙受け取りぬ「さし出し人はだれでしょう?」とあり

2Bのえんぴつ短くなってゆく夏に子どもは大きくなりゆく

「明日から給食が出ます」それはつまり箸とコップと皿持たせよと

「やせたい」が万人共通の願望だなんて信じない私は食べる

東から流れてくる風つめたさを纏いて瓜のたねを落とせり

あつあつのごはんむすんでゆくときの感覚に似て秋深まりぬ

魚焼きグリルのなかで切り餅がふくれゆくのも幸のひとつか

ルーローの三角形を好きでいよう素敵なアイデア手にするために

ほむほむと言いて大根ほおばりぬ自分でつくる煮物が好きで