Works
作品集

連作「幹にもたれて」

梅雨明けを待ちわびながら家じゅうのタオルを白にととのえる朝

居酒屋で何度か食べた鴫焼をつくらむとして茄子を割りたり

このバナナまだいけるかと自問せる袋小路の空はくもりて

受け取りしパンフレットには「食べること」「やせること」しか書かれておらず

一昨年まで勤めた社団法人の取引先よりそうめん届く

アロハシャツ子に着せたればぎこちなく隣室からは「チコちゃん」の声

ひまわりの種をかぞえてゆく子ども五十五まできて数え直しぬ

モッツァレラチーズ熱してゆくように浮かぶ雲あり夏の真昼の

小学生事故のニュースを見ておれば心拍数の上がりて止まず

ただパズルゲームの箱を開封するだけの動画を見ている九分

包丁を取り出す手間を惜しみたり水菜こんにゃくレタスをちぎる

「私にはこの件に関して何か言う権利がない」を露訳しなさい

潮流に乗った華奈子とじわじわり地下に吸いこまれゆく私と

眠りいる君のかたえで緑内障に効くらしきツボ刺激しており

本当は静かで穏やかなひとがすき だったらなぜって恋なんだもの

帰るのがめんどうなのと訴えたしレジャープールにひびきあう声

奇術師が手品を披露するごとくコーンにソフトクリーム盛る手

小文字の「ヮ」ってシークヮーサーにしか使わないひらがなの「ゎ」はいつ使うんだろ

色つきのジョーカー三枚見せらるる心地だ君の手柄話は

フィボナッチ数列ひたすら計算せる息子の小さき背を見つめおり

花火に塩かけて反応楽しむ子残り四日の夜を散らして

早く起きよ早く食べよと連呼して九月二日の朝ははじまる

競走馬はこびたるバスつらなりて国道をゆくまっすぐにゆく

精米機に玄米かけてゆくときのたっぷりとしてあたたかき粒

種明かしなされぬままに過ぎゆけりハグロトンボの翅を思うよ

薬缶からポットにうつす熱き湯の烈しき蒸気に潤みたるほお

体育祭の種目を決めるためだけに母親十四人は集められたり

生ぬるき麦茶飲みつつ君をおもうもたつく議事にまなざしは冷ゆ

ゆびきりもこのゆびとまれもせぬ暮らし色づく前の幹にもたれて

ママ友と呼べる対象ひとりなくバスタブにあわ満たしていたり