Works
作品集

2019年の歌

寄り添っていても震える午後なのに暖冬ですと予報は言えり

いつまでも元素記号の夢をみる 同窓会には出たことがない

不機嫌な気持ちをつれて珈琲を飲みに「舞蓮土(ブレンド)」へ向かうことあり

さむいさむいもうさむいしか言うことないよ落葉しきった公孫樹の下で

キッチンにあまい香りが満ちていて砂漠に取り残されたみたいだ

君の前でうなずくだけの私には支えきれないほどふくらんだ愛

おたがいに分かちあうことできなくて私たちってまるで素数だ

だいすきなシチューもこんなに食べかけのままであなたは頬杖をつく

息子から取り上げたままのゲーム機がさびしそうなりかなしそうなり

前向きになれない今日は窓ぎわの席をえらんで昭和史をよむ

いくたびも体かさねて食事して……いつから敵になったのだろう

ガイドブック四冊ならべて子はなげく「五条大橋載っていない」と

けんめいに五条大橋さがす子の地図に印をつけてやる冬

窓いちまいへだてし庭は寒々と辛夷の枝に雪積もりおり

劉シェフの台湾ラーメン昼間なら四百円で食べられる幸

豆まきをし損ねたまま立春を迎えておりぬレモンかぐわし

小さめのハンドバッグをひざに乗せ二カ月ぶりの電車にいたり

年上で肌のきれいなこのひとはいったい何を食べているらん

茨城の義父母を前にお好み焼きつくってみせる浪速っ子われ

いっぱいにふくらませるのが怖いから真っ先にしぼんでいった私のふうせん

ことごとく皿を割りたき衝動が腹のうちから湧いてきたりぬ

水やりを怠りたれどさざんかはピンクの花を咲かせくれたり

おかあさん、ねぇおかあさん、聞こえてる? どうしてここにいるんだろ、私。
 
雨のなかじっと動かぬひとのあり何釣りたるか訊けぬまま過ぐ
 
提出不要の宿題どさり捨てたる子とスウィートポテトをつくる三月
 
ドアノブに手をかけるたび期待する時空の歪み生じないかと
 
地球温暖化ってどんなふう? 問われてしばし口つぐみたり
 
噴水のいきおい増すを見つめおり母親としての予備がほしくて
 
いじわるなこころを少し持てあまし鍵穴さぐる暗がりのなか

甘酒をつくらむとして囲炉裏辺に腰下ろしたり春雨の降る
 
自転車をつらねて過ぎる学生ら永遠の空気まといておりぬ
 
「部室」というたしかな言葉きこえきてシロツメクサの咲く道をゆく
 
いつまでも変わらないって信じてた笑ってばかりふざけてばかりで
 
花びらにぷっくり赤をかさねつつ牡丹ひらけり工場の庭に
 
こども向け歴史まんがの付録にて以仁王の謀略を知る

ポケモンとサッカーと仮面ライダーと空中殺法と算数と虫
 
みかん葉にアゲハの幼虫生きておりわが背丈ほどのやわらかな木に
 
三十年以上むかしの知識もて砂鉄の採りかた子に伝えおり
 
気の滅入ることの多くをかかえこみ今夜メバルを唐揚げにせむ
 
算数なら勉強する子は算数しか勉強せぬまま学期終わりぬ
 
筑波山ふもとの沢に放たれしニジマスの背に朝陽の撥ねて
 
小三で崩壊気味のクラスなり担任しばらく来なくなりたり
 
副担も代理の教諭も次々と病んでゆくなか子らはしゃぎたり
 
教頭が現場に下りて来たりぬと息はずませて子ども告げに来
 
梅雨に入り教頭の手にも負えぬとてついに校長出番となりぬ
 
参観がたのしみねえと義母の言う梅みがく手を一瞬止めて
 
大人たちが沈んでゆけばゆくほどに子らはますます元気あふれぬ
 
令和にも算数オリンピックあり息子たちまち選手となりぬ

メンタルアスリートのひとりとなりし子は決勝戦に電車で向かう

身長百三十センチに満たぬ子のあとにつづいて会場入りす

サイエンスキャンプに参加するんだと息はずませて帰宅せる子は

望遠鏡つくって星を観るんだよ 虫にトラップ仕掛けるんだよ

留守番もしたことのなき八歳が遠くの森へ旅立ちゆけり

義母とふたり土曜午前はデニーズに噂話をするがならわし

サッカーのチーム練習に励みたる子を待ちながらソーダをすする

パンケーキ、ドリンクバーで三時間半ほどがちゃがちゃ言いつつ過ごす

淡水魚ミッキーマウスプラティに会いたり霞ヶ浦のほとりで

夏休みのこり四日の寂しさよ汗にまみれた頭なでたり

この夏はサッカーがんばってたよねと言いたれば「おう」と返す声あり

川沿いを猛スピードで駆けてゆく猫に会いたり十月七日

このカフェにおひとり様は私だけ本をひらいてメールをとじる

裏庭に植えたる柿に実はならず直売所にて購いており

人脈を広げる術を知らぬまま手品師の技に驚いている

手品師の指のあいより現れぬわが選びたるクラブの六が

本を読む姿勢のままに眠りいる子に一枚の布を掛けやる