Works
作品集

2015年の歌

「クラシックを流していれば万引きが減るんだがな」と薬屋言える

石ころを蹴りつつ歩く帰り道しつけの糸がほどけるように

沈黙が壊れるときをじっと待つ焦りつつ待つ保護者会にて

われの子は際限もなく可愛くて客観的にみることできず

前髪も後ろの髪もひっつめてぬか床に手をぐいと差し込む

あしもとの石を蹴りつつ幼き日に戻るてだてを考えている

終礼後クラスの花に水をやる古賀先生の背中がすきで

水道の蛇口思いきりひらきてはふざけあいたい真面目にずっと

降り出した雨にすべなく草むらに足踏み入れば蜥蜴がいたり

土曜日の父の卓にはサッポロの大瓶とガラスの灰皿ありき

セーブルの花瓶に挿したガーベラが首もたげつつじっとしている

にゃんにゃんと云えばちがうよねこだよと歩きはじめた子どもに云われ

淡色のサプリメントをつぎつぎにポンジュースでのむ目の前のひと

暗闇に手をのばせども何もなしただただそこは暗闇でした

れなちゃんのパパだと知ってしめやかに距離をとりつつ歩きはじめる

カタカナで綴った仏語の献立がほつれたテーブルクロスのうえで

葡萄色の空気に触れる池袋 嗚呼、嗚呼、あなたと喧嘩がしたい

帝塚山は桜あわだつころなれど眠たげな犬とわれがいるのみ

こみあえる車両にめがね曇らせて大きな揺れを感じていたり

雨音のほかはなんにも聞こえないチャンスには強い筈だったのに

席を立つ パンフレットを抱いたまま この世はちいさきことに満ちつつ

私たちが夫婦という謎  絹糸をぴんとのばしてはじいてみれば

あこがれの人と語りきそののちに〈酔っ払い同盟〉を結びき

酔っ払い同盟なるは「いかに酔いつぶれしとて批判せぬことを誓う」

あるときは子どもと云われあるときは大人と云われ日々は過ぎゆく

近鉄のユニフォーム着る少年ら近鉄野茂の活躍を知らず

「なんでもすぐ忘れちゃうでしょ」なんでもよく覚えてる子が寄りきて言えり

昨年の夏に捕りこしクワガタが長い眠りののち目覚めたり

ブランコを揺らしやりつつ本読めり大きクヌギの葉陰のもとに

「ひらがなが書けるようになりました」空を見上げてつぶやいてみる

滑り台に置かれしポカリスエットは誰にも触らるることのないまま

ビル風に「ヱビスビールあります」と染め抜かれし幟(はた)はためきており

南部鉄のくろき蚊遣りに香をのせ煙の行く末みつめていたり

水槽に戻してやりしザリガニをすぐつまみ出す四歳の子は

彩りと弁当箱の空間を埋める役目を担うプルーン

こんなにも途切れとぎれの夢追いて新宿駅の階段のぼる

ハングリー精神が育たなかったいいわけをいくつもいくつも考えている

きみがまだ胎児であったときのこと長渕剛が気に入りだった

リビングの隅にて飼えるクワガタが夜更け激しく動きはじめぬ

シャンパンの栓を抜く音かろやかに弾けてはじまる愚かな夜は

ざわめきと気配を肩で感じつつグラスに気泡を立てつづけおり

「ひやおろし入荷しました」の筆文字にこころ引かれて暖簾をくぐる

秋刀魚の身焼ける音にも姿にもゆかしさありてすだちを絞る

世間には欲しいものあまた溢れいて同時に不要なものもあふれる

呉服屋の庭先で聞くいにしえの水琴窟の澄みとおる音

濡れ縁に敷かるる茣蓙に座りいて茶の出さるるをしばし待ちおり

薄墨で染め上ぐるように山々は紫めいて靄かかりゆく

丈高き草には月の影ばかり揺られていたる露光らせて

吟醸生原酒は冷蔵庫に入れるかと四歳の子がわれに訊きに来

近ごろは聞かなくなりしことなれど家事手伝いという職業ありき

となり町の保育園まで歩く朝「あぶない!」と子がわれを庇えり

キスひとつくれし息子を抱きしめて目白の駅へ急ぐこの朝

熊のごとき男が数字ならべおり経営理念はみえないままに

季節にはまだ早い雪を待ちわびてきみに騙されてみたい夕暮れ