Works
作品集

連作「かすみがうら小景」

地球儀をどんなに拡大してみても見えぬ見えぬよ霞ヶ浦は

嫁ぎ先の親戚あまた暮らしいる地に移り住み草を抜く日々

人生のはじめの四十一年を都会に過ごししわれの死に場所

朝まだき湖畔は蓮の花が咲きみだれるでしょう早起きしましょう

お国のために、お肉のたるみ、似てるよね、ねぇ似てるよね、笑い転げる子と過ごす余暇

沖縄ゆかむ!マンゴー食べに?と言いあいて互いに本を読みふけるなり

ヨットの帆風を孕んで上がりたり陽の光より白くまばゆく

玉葱を吊るしたままで隣人は数日家を空けているなり

クロックス素足に履いて川に入る冷たさぬるさ交互に染み来

膝にカヌー引き寄せて待つ浮草が土を絡めて揺蕩う川に

パドル二本掲げて走る息子いてその確かさに眩しく手振る

口の中に飼いたる金魚を吐き出して少女はじっとこちらを見つむ

水打ちて顔上げしとき筑波山うすぼんやりと浮かびていたり

裏庭にタープを広ぐ糟糠の妻を演じることはたやすく

迷いなきモーターボート唸り上げカヌーのわれを追い越しゆけり

いっしんに出船入船数えおりぽっと夕刻ひとりになりて

バイオリン協奏曲を聴いている部屋に故郷は遠くあれども

「愚息が」と言いかけ「幹(みき)が」と言い直す若き担任の正面に座し

十三年前に戻りて乳臭きこの子を胸に抱いてみたきよ

ハーバーは寂しかりけり帆を張りてヨットはみんな遠くへ出でつ

子が育て子が穫りたりし枝豆を押せば弾ける生きているごと

夕風が湖面を撫でてゆるやかに秋の気配は漂いきたり

嫁の話するときいつも少しだけはにかむひとを尊く思う

母の齢(よわい)二つ越したりあかときにわれが親元離れし年の

蓮の実の溢るる匂いにむせながら霞ヶ浦のほとり歩めり

庭に来る馴染みの猫を家に上げのち案ずればまた庭に置く

水路沿い桔梗濃くしてこのひとに抱かれることはもうないだろう

抗える力なきまま沈みゆく錨いっしゅん湖に映ゆ

子ども一人か、まだ一人か、あともう一人な、……じいさんの通夜が今はじまりぬ

ブロッコリーばかり植わっている土地に月ひっそりと照りつつ昇る