2011年2月に生まれた息子が3歳になったころ、短歌を作りはじめた。2014年春のことである。
当時の私はフルタイムで仕事をしており、ラッシュアワーの電車を乗り継いで通勤していた。東京・池袋の駅前に暮らし、目白の保育園に子どもを預け、多摩川を越えればそこはもう神奈川県、というところにあるオフィスへ通う日々。当然ながら毎日くたくたに疲れ果てていた。せっかく授かった子どもと濃密な時間を過ごすことも、好きで選んだ仕事を楽しむゆとりもなく、多忙なくせに単調な生活を乗り切るのにせいいっぱいだった。
そんなときである。日常を噛みしめるために短歌という形式を思いついたのは。
あふれる感情を声に出したとき、これは! とひらめいた。短歌なら、日記の代わりにも写真の代わりにもなるのではないか。しかも、より美しいかたちで思い出や記録を残せるのではないか、と。帰宅途中の小田急線に揺られ、吊り革につかまりながら作ったのがはじまりだった。二つ折りの携帯電話のメモ欄に、ぽつりぽつりと書きためていった。
やがてその生活にも慣れ、こころに少しずつ余裕が生まれてくると、短歌の形式で小説のようなもの、物語ができないかと考えるようになった。怖いもの知らずの発想である。そして十五首以上の連作には、それぞれに小さな物語を宿していった。
しかし、このたび歌集を編むにあたって大幅に歌数を減らした結果、その物語性はすべて解かれてしまった。そこで編年体で組み直し、一首一首を大事にする方向へと切り替えた。心情や境遇が本当のものだけに絞って連作をゆるやかに組み直し、さらに削りに削ってきっかり300首にまとめている。これでずいぶんすっきりしたのではないか。編年体といっても、制作順(発表順)というよりは出来事順にしてある。ささやかなことだが、過去をふり返って作ったものもあるからだ。
こうしてかたちになった1冊ではあるが、いまだに「小説みたいな連作を」という望みが拭えずにいる。しかしその思いとは裏腹に、常々私は、呼吸するように自然に歌が生まれたらいいのに、と願いつづけてもいる。そうした相反するふたつの願望を抱えながら、日々短歌と向き合っているように思うのだ。この矛盾はいつまでも解消されないまま、そのあいだに身を置くようにして、これからも歌を作りつづけていくのだろう、私は。
(2026年)