浴室の自動機能で風呂を沸かす。わが家のガスで沸かす風呂用の給湯器は全自動式であり、湯を張り終えたら電子音で知らせてくれる便利な機能が付いている。
昨夜のこと。
いつものように湯はりボタンを押して湯を張った。「お湯はりをします」というアナウンスからはじまって15分ほどで「まもなくお風呂が沸きます」とお知らせアナウンスがあり、その後間を置かずに「ぴろぴろりーん、お風呂が沸きました」との電子声が響く。湯はりが完了した合図だ。ところが、いざ入浴しようとしたら浴槽のなかには泥水が溜まっていた。
ものすごくびっくりして、思わず湯(泥水)をすべて抜き、手動で上水道から湯を入れ、あらためて湯を張りなおした。
湯を張りなおしているあいだ、泥水が出てきた原因を考える。考えるけれど、いくら考えてもわからない。わからないけれど、わからないなりに考える。じーっと考えつづける。
あ、もしかして!
2軒となりのKさん宅が解体されていま地ならしをしているところだから、そのせいかもしれない、と思い当たる。思い当たったらすっかり安心して、そう結論づけて気持ちを置く。ああ、これで原因がわかった。よかった、よかった。ほっとした。でもこれがもし何日もつづくようなら(お風呂のお湯に泥水が使われることが3日以上つづくようなら)そのときは話をしにいこう。そう決めたらすっかり安心して、上水道から入れたきれいな湯に浸かる。
勝手に決めつけて安心している私ではあるけれど、もし原因がほかのところにあったとしたら……と思うとぞっとしないか? そして、ぞっとしたまま不安を抱えながら新たな一日を過ごす。
けれども翌日、自動湯はりボタンを操作した際にはきれいな水が出てきたのでほっとする。確かめもせず勝手に原因を突き止めて安心してはいたけれども、あの泥水はどのような経緯で出現したのか、けっきょくのところ真の原因はわからずじまいなのであった。
それでも、毎晩きれいな湯に浸かることができるというのは幸せだな。そういう当たり前の日常が幸せなのだ。今回の出来事は私にそのことを気づかせてくれた、と結論づけておしまいにする。ありがとう、わたしの当たり前の日常。何も起こらない日常こそが、本当の幸せなんだってことだね。
(2025年)