Essay
エッセイ

魔法のボランティア

地元の中学生たちの勉強を見ている。英語、国語、数学、理科、社会の5教科を見ている。勉強のやり方を教えている、といってもよいかもしれない。とにかく、勉強そのものを教えているわけではなく、その方法を教えている。

きっかけは、県内トップの中学校に通う息子が学年順位で不動の1位を確立しつつある、という噂が地域内に広まったせいだ。塾にも行かず、まいにち遊び呆けていて、なぜそんなに成績がいいのか。ろくに勉強しないのに不思議とできてしまう。これはもう遺伝以外に説明のつかないことなのだが、それを言うのは忍びないため、要領がいいのかも、ということにしている。それに、県内トップといっても息子が通っているのは田舎の公立中学だ。全然たいしたことはないのである。

「うちの子もちょっと見てくれない?」と懇願され、べつに私は息子の勉強を見てやっているわけでもないのだけど、そんな流れになってしまった。

そんなこんなで、地元の子どもたちの勉強を見ている。教えてはいない。文字どおり、本当に見ているだけである。そして、効率悪そうなことをしていたら、方法を変えることを提案する。ただそれだけである。ただそれだけであるのに、この子たちの成績はめきめき上がっている。まるで魔法である。ハウツー本でも出せそうである。けれども、見ているだけだから報酬は出ない。体のいいボランティアである。

なんだかんだ言いつつも、子どもたちの成績が上がってママやパパたちの機嫌がよくなるのは喜ばしいことである。

親の機嫌がよいと子どもたちも楽しいようで、ますます勉強に拍車がかかる。うむ、いい調子。子どもはもともと勉強が好きなのだ。それを大人たちが邪魔しているのである。それも無意識のうちに。なんという大罪であろうか。

どうして、もともと好きだった勉強を嫌いになってゆくのか。それはきっと、周りの大人たち(おもに親)の手によって、知らず知らずのうちに好奇心が奪われてゆくから。

好奇心が失われてゆく原因や、好奇心を保ちつづけるための対策について書きはじめると長くなるから、それに関しては別の機会に譲るとして。

子どもたちを勉強嫌いにさせないこと。「嫌い」に傾いてしまった軸をもう一度「好き」に転換させてゆくこと。この2つを使命として取り組んでいる。

親たちは子どもの成績を上げることばかり言ってくるけれど、根本から見直さなきゃいけない。勉強が嫌いにならなければ、そして、ひとたび勉強を好きになれば、おのずと成績は上がってくる。

そんなこんなで、きょうも私は地元の子どもたちの勉強を見にゆくのである。

(2025年)