Essay
エッセイ

快適なステイホームの術

どうすれば家事の時間が短く抑えられるか。
日々そればかり考えている。

私は殆どの時間を家のなかで過ごしているためか、目に入るやり残した家事やこの先待ち受けている家事が気になって気になって仕方がないのだ。

夕食は何にしようか。ここのところ涼しくなってきたし朝晩は冷えるからクリームシチューにしよう。材料は何があったかしら。確かニンジンとジャガイモはあるはずだ。タマネギもある。あとはキノコがあればいいのか。シメジがあったか、いや、シメジは一昨日使った。マッシュルームがあったか。そうだ、あった。キャベツを入れてもいいな。キャベツは千切りでよいか、いや、乱切りのほうがよいかも。

ルーの買い置きはないから、小麦粉と牛乳と塩とオリーブオイルで何とか間に合わせよう。午後三時を過ぎたら仕込みをはじめなくてはいけないな。小麦粉はダマにならないように篩にかけたほうがよいか、だけど面倒だから、手で振りながら加えればよいか。牛乳は、具材が温まってから投入したほうがよいな。初めからうっかり入れないように気をつけないと。

などと考えていたら、午後三時まではそればかりが気になって、他のことが手につかなくなってしまう。それならば今すぐ仕込んでしまえばよいものを、とも思うのだが、集中力がもっとも高く脳がいちばん冴えている午前中に家事をこなすなんてもったいないことこの上ない。家事に命をかけているならともかく、私の場合は、家事は「やりたくないけどやらなければいけないこと」のカテゴリーに入るから、午前中の冴えている時間を家事に使うなんてもってのほかなのである。そのくせ、ずっとずっと「家事をしなくては」と、こころが家事に囚われてしまっている。これでは、何のために午前中は家事以外のことをしようと決めているのかわからなくなる。いつでもすっきり家事の心配のない家のなかで、ゆったり自分の時間を楽しみたいと願っているのだが。

そんなわけだから、家事は常に完璧な状態に保たれていることが理想である。えいっ!と腕を振り下ろせば家事がすっかり片付く、というAI器具でも調理家電でもなんでもよいが、そんな道具があれば真っ先に導入するのであるが。今のところは、ある程度は自分の力でこなすしかない。

ということで、家にいるあいだはずーっと家事をする羽目に陥っています。