Essay
エッセイ

水庭さん

「屋根の葺き方も、伝統的な日本の風合いを保っていながらモダンな感じに仕上げましょう」
図面最終打ち合わせの日、設計を引き受けてくださった水庭賢治さんはそう切り出した。

1年前、聴竹居に倣った住まいをつくりたいのだと話したとき、ひたすら私の話に耳を傾け、しきりにうなずいてくれた。

それまでも200人近くに同じ話をしてきたが、そんな設計士は水庭さんただひとりであった。
水庭さんに出会うまでは、どんなプロに話を持ちかけても、

「そうは言っても、現状は難しいですね……、」
「それは確かに理想かもしれませんけれども……、」
「なるべく御意に沿うようにはしますけれども……、」

と、私の思いを汲み取るふりをした前置きのあとには、できない言い訳がもっともらしく延々とつづいた。

あるとき、ようやく「このひとになら任せてもいい」と思える設計士に出会った。打ち合わせを重ねていくうちに、うまくいきそうな期待は確信に変わる。ところが、いよいよ契約を交わすという段になると相手の手のうちが見え、それは私が思い描いていた方向とはまるで逆であることがわかった。さすがにそのときは落ち込み、これまで互いが互いに捧げてきた時間と情熱はいったい何であったかと訝しむほどだった。

水庭さんに出会ったのはそんな矢先であったから、ことのほか慎重になっていた。妙な疑り深さを全身にたずさえていたことだろう。

目つきはするどく、口調はきつく、挑発するような態度であったと思う。けっして騙されないぞ。騙されてなるものか。もう私の目はふしあなではない、という気概だけが前面に出ていたのではないか。

ところが、私の話をひととおり聞き終えた水庭さんは、「聴竹居のような環境に配慮した住まいをつくりましょう」と、にこやかにうなずいた。

はじめて会ったその日から1年、目の前の水庭さんは今、静かに口を開く。「信じられないかもしれませんが、設計を頼まれて、『どんな家にしましょう?』と訊いても、『新しい家ではどんなふうに暮らしたいですか?』と尋ねても、『何でもいいです』『お任せします』とおっしゃるご家族も大勢いるんですよ」と笑っている。

私もいっしょになって笑っている。

水庭さんと向かい合っているときは、いつもこうしてふたり静かに笑っている。

となりでは息子が懸命に千代紙を折っている。

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  子の肩を抱き寄せながら春からの生活ばかり考えており / 鑓水青子

(2018年)