Essay
エッセイ

遊びにいらっしゃい

 
「きょうから1年間、好きなところに住んでよい」ということになったら、迷わず聴竹居(ちょうちくきょ)に決めるでしょう。聴竹居についてはあなたがたのほうがずっとお詳しいでしょうから、私からの野暮な説明は省きます。
 
 ※ ※ ※
 
門をくぐり、木々に囲まれた石段を軽快にのぼって、玄関の戸を開ける。
 
――ただいま。
 
勢いよく戸を開けると、ひんやりした空気が歩き疲れたこころにじぃんと沁みてくる。意匠の鉤に日傘をかけて、ほっと息をつく。
 
――ただいま。
 
気持ちをしずめて、あがる。
 
もともと私には、「自分で設計した家に住む」という夢があった。住まいは買うものではなくつくるものだ、ということを私は祖父の宅にて教わった。祖父から直接教わったわけではないが、祖父が自身で設計し暮らした家には、すみずみまで祖父の仁愛があふれていた。
 
自宅として聴竹居を設計した藤井厚二は、どんな思いでここに暮らしたのだろうか。聴竹居に暮らしながら、私らしい住まいについて考える。

調理場で料理をしながら、ひとりで作業するにはここは広すぎるとぼやき、食堂でいただきながら、あのひとと一緒なら話が弾むだろうと夢想する。

小上がりになった畳の寝室では、和式ベッドというのも趣があるなあと感じ入り、仏壇の向きの斬新さに驚く。
 
読書室では落ち着いて仕事ができるしつらえに感嘆し、南向きのサンルームでは木々や風を感じながらめいっぱいこころをひらいてくつろぐ。
 
そうしているうちに、約束の1年が過ぎた。
 
 ※ ※ ※
 
このたび、聴竹居に倣った住まいを霞ヶ浦のほとりに建てました。おおきな公孫樹の葉陰のもとに「爐湖々庵(ろここあん)」という表札を提げ、日々穏やかに暮らしています。
 
夏になったら遊びにいらっしゃい。凪にヨットを浮かべるのも、釣りを楽しむのも、なかなかによいものですよ。夜には月見台で、釣った魚をつまみに酒を飲みましょう。
 
爐湖々庵は、霞ヶ浦の西北西(東経140度東寄り、北緯36度北寄りの地点)、朝陽がとてもうつくしい場所にぽつりと建っています。
 
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  おだやかに過ぎゆく暮らし銀ねずの器に牡蠣をふたつみつ置く / 鑓水青子

(2018年)