Works
作品集

2018年の歌

子どもにも厚着をさせて銀座まで歳暮の品を選びにゆかむ

向かいの列七人掛けにスマートフォンいじる七人マスクは五人

実家より届きし蜜柑剥きながら秘密ひとつを守り抜くべし

父母に手紙を書いているあいだ豚の脂身かたまりゆけり

ああ夜よ終わらないでと祈りつつふたりで踊る夢みていたり

「みっくんは子ども時代のパパそっくり」会うたび伯母らに聞かされており

初霜の降りる季節にわれわれは今年二度めの引越しをせり

あたらしく住まいとなれるこの家に「爐湖々庵」と名づけてうれし

子とともに過ごせることの幸せを噛みしめており落ち葉かきつつ

おめかしをした子どもらが壇上で歌いはじめるピアノにあわせ

つぎつぎに浮かぶ言葉はとどまらず筑波おろしにあおられながら

うす造りの蛸ほおばればぷちぷちとはじけてはじまる新しき年

はつがおの親戚たちにアンコウを食べにゆかんかと誘われており

おせち料理かずかず作れどかまぼこが一番すきと息子言いたり

もし君が生きていたならこの畑に夕陽のつくる人影はふたつ

そのむかし川上弘美を貸してくれた先輩が窮地に立たされている

火曜日のテレビにあなたの噂流れたきっと誰かに嵌められたのだ

きっとこれは誰かの罠にちがいない妬むやつらの陰謀だろう

お礼にと穂村弘を貸したけど一度もキスは迫られなかった

まよなかのコンビニエンス・ストアーはわたしと無関係にあかるい

北国の旅館の軒に雨の音止まぬをきけり寝入る子に添いて

清水ミチコをステージに観てよく笑い冬のあいだはたくさん眠る

キスをしてさしあげましょう 札束で布団をたたいてみせましょう さあ

ここにはもう生活指導の先生はなしピザとコーラを頼む真夜中

人生はそう長くない今すぐに君との恋をかなえに行こう

どの家にも必ずあるというものがわが家になくて白きテロップ

夕食会ことわる術を知らなくてつーんと深く簪をさす

もしもいまわたしがつまずいたりしたらふたりとも大火傷を負うね

あなたきのう予科練記念道場にいたでしょって他人同士の会話

自己紹介で十三年ぶりに口にした「野球はきんてつ私はきんけつ」

新緑のなかにあかき葉しげらせて紅しだれわが窓辺にそよぐ

モーリタニアは国旗が変わったスワジランドは国名が変わったと知らせにくる子

とりどりの花ちりばめてびっしりと貼られていたり特殊切手が

道ばたに鳥のなきがら落ちており初夏の日差しに内臓さらす

シャーウッドの森にまよって戯れに弓の矢放ってみたいと思う

すずしい日、暑い日、寒い日、あたたかい日が順繰りにおとずれて初夏

鳥の鳴く声のきこえる朝に起きかえるの鳴くこえひびく夜に寝る

ああわたし田舎に暮らしているんだわ 東の庭に草つみており

十七時を知らせるチャイムが町内にひびきわたりて子ら散らばりぬ

大相撲中継見しのち地球儀にウランバートル子はさがしおり

ふるき部分あたらしき部分まじりあい調和感ある原美術館は

エントランスの壁際ゆるくカーブせり古き階段へ導くために

ここはまるで温室のようふかぶかと白きタイルのしきつめられて

中庭の強き日差しのなかにありてNEWSPAPER微動だにせず

円柱にふかくもたれて歌つくる 仲間の姿をたしかめながら

回覧板とどけに行けば三人でせっせと注射器つくりていたる
 
規律よくはたらく注射器工場に機械のたかき音ひびきおり
 
金閣と銀閣おぼえし七歳は「銅閣はどこ?」と真剣に問う
 
酒蔵から醤油蔵へまた味噌蔵へ受け継がれゆく仕込みの桶は
 
サメをみたあとに空とぶ飛行機がことごとくサメにみえてしまう件
 
ひたすらにクリームソーダのクリームを長きスプーンでくずしていたり
 
いかにして先取り学習させるかが話の柱になりたりカフェで
 
ただ一人の子は何思い育ちゆくハグロトンボの往き来する辺に
 
ぐるぐるとママたちの声よみがえるわれには関係なしと思えど
 
(二学期から英会話塾へ通わせる)(うちは公文に行かせているわ)
 
(ゆりちゃんは植木算だってできるのよ)(分配算もできるんですって)
 
(論理的思考を身につけさせるべき)(低学年の今が勝負よ) 
 
「長男の嫁ですこれが」と紹介され義母(はは)のとなりで笑みつくりたり

坊さんが読経のとちゅうでくしゃみせり そののち銅鑼がおおきくひびく

ふいに鳴る銅鑼のひびきにおどろきてまなこをあけて天井見つむ

姑がごはんを作ってくれる日はせんたくものは私が干します

おかあさん、ガス乾燥機にしましょうよ 買ってあげます 買ってあげます