Works
作品集

連作 「枇杷色の町」

「若鮎」と名付けらるる菓子を買いにゆく雨あがりのまち子の手をひいて

「つぎ『み』だよ」「みかん、ん、ん、ん、ん、あっ、そうだ、みかんジュース」と朗らかなる子

再開発すすむ地域に暮らしおり向かいの庭のやなぎも伐らる

この部屋に立てこもりたし昨日まで引きこもりいし君の書斎に

山手線は今朝もゆるやかに遅延して詰め込まるる人らにガスたまりゆく

飲み物を売る機械から「あたたかい」しだいに消えてなまぬるき風

本当です保証しますと説きながら相手の社章をみつめていたり

焼き鳥を串からぜんぶ外すヤツ生ビールまとめてピッチャーで頼むヤツ

「きみはどこ?」雲のうえから声がする「コンクリートの箱のなかだよ」

おそろしく不安な夜は情熱もやさしさも君に捧げたいのに

「『けし餅』を送った」という連絡は母にまつわるニュースに埋もる

「けし餅」とともに母から送らるる新茶はいつも「抹茶入り」なり

子とふたり町を出でてもゆくえなしテーブルクロスにアイロンを当つ

人材にも明確な序列のあるという 企画立案ゆるされており

したたかに生きてゆきたしデパ地下を三往復して帰る木曜

あんなにも刺激に充ちたこの町は君をなくして変わり果てたり

予防接種受けてしずかに眠りいる子のかたわらに寄り添い眠る

潮干狩りに連れてってやる約束を反故にしたまま春過ぎゆけり

ブランドの時計をはめているひとを褒めながら去る人事部長は

社史に残る実績出さむと企画部に新たなチーム組まれゆきたり

枇杷の実が枇杷色をなす町に住みしきりに重機のはたらくが見ゆ

広辞苑閉じれば息子の走りきてつんと座りぬ笑いをこらえ

プロ野球中継のはざま梅雨入りを報じるラジオの数字を見つむ

「床じゃない床はなあんだ?」子に問われ納涼床のことを話せり

幼き日われと弟の編み出しし「わなげソフト」という遊びあり

シベリアに暮らしてみたきひとり身になればとおもい否ともおもう

店員の配りくれたるおしぼりで手を拭いつつ気まずさおぼゆ

此処におらぬひとの存在おおきくて皆くちぐちに君の名を呼ぶ

夏と秋と冬と春とがいっぺんに過ぎてゆくよう君に会いたき

ゼラニウムの花にふれれば冷たくてしなやかな茎をつと握りしむ