Works
作品集

2016年の歌

手袋をしたままの指で掛けてゆくダッフルコートの木でできたボタン

北東の窓辺に置かれ輪郭がくっきりと増すポインセチアは

やわらかな日差しにうぶ毛光らせて午後のひととき子は眠りおり

珈琲にウイスキーなみなみ注ぐ父、母に隠れて酒を飲む父

騒ぐことなくなりし夜にピアスくらい開けておくんだったと悔やんでいたり

あやとりに夢中なる子よ母さんは明日のために先に寝ますよ

キモイという言葉おぼえし四歳は「キモイキモイ」とわれを指さす

帰るたび大きくなったと撫でらるる幼き寝顔に寄り添い眠る

藍染の帯を巻きゆくわれをみて「忍者みたい」と子ははしゃぎたり

純米酒ばかり飲む吾(あ)に「おかあさんワインもあるよ」とこの子言いたり

メス死んで元気なくせるクワガタに六百円の餌を置きやる

揚げパンを抱えて歩く帰りみち子の手をつよく引き寄せながら

ボクシングジムを覗いて「提灯にパンチしてる」と息子言いたり

子とふたり静かにならんで漕ぎている雪の夕暮れきしむブランコ

ポケットより出でくる出でくるダンゴムシあわれ一匹洗濯さるる

クワガタのための棲みかを「寮」として世話する日々も嬉しかりけり

「にらめっこしま」で笑いはじめる子と過ごす雨降りの午後とこしえにあれ

強豪の野球チームに入れたれど初日わが子は砂場であそぶ

子を連れて「白鳥の湖(スワン・レイク)」を観にゆきぬ一幕ごとにティーを飲ませて

まだ恋を知らぬ息子はなぜ悪と結ばれるのか不思議がりたり

モスクワに暮らししわれはロシア語が達者でありき且つ若かりき

子とともに窓ガラスなんぞ拭きながらクワガタたちの目覚め待ちおり

四歳の子が淹れくれし珈琲をミキコーヒーと呼びて愉しむ

単四形電池を充電しておりぬ仮面ライダーベルトのために

パンの耳ばかりあつめて子の菓子をこしらえる春の一日があり

春が来てこの子も五歳になりましたあの日も雪はさわさわ舞えり

パンの耳に絡まる砂糖をみつめおり大きフライパン弱火にかけて

子どもらは「仮面ライダー」観ておらむわが歌ひどくけなされている今

ドイツより花粉症にも効くという薬をすこし取り寄せてみむ

まい、ゆいは双子でまいゆいあおいは三姉妹迎えはじいちゃん家事はとうちゃん

恋をするちからは残っていないのに君を慕いて二上山越ゆ

くずまんじゅう桜の葉っぱにくるまれてその葉脈を小指でなぞる

FBに書き込まれたる「水着買いに行こうよ、誰か」に「いいね」集まる

自由という言葉を口にのぼせるとき君は幾分たじろぐごとし

ああこれはアートだレジの背面に配列されたたばこの箱は

新しき区役所の門をくぐり抜けプール開きの知らせ聞きおり

夏祭りのポスターを貼る薄暗き廊下にしばし佇むわれは

あなたにはやりたいことがありますか? 訊かれて見つむ点字ブロック

帰宅してクワガタの餌を換えてやるやさしき夜がわれにありたり

しろたえの足袋を漂白する今も世界経済まわりておらむ

ヱビスビールの恵比寿さまのかお斎藤寛氏にみえてきて五秒で飲み干しにけり

祭りにてすくいし金魚に「きらめき」と名づけたる子は眠りにつきぬ

ひこうきの描かれている塗り箸に幼き歯型きらめいており

冷蔵庫の中身をみせてくださいと見知らぬひとが家にあがり来

クレジットカードのしくみ教わりて「ロケットみたい」と息子は言えり

「おおきい人が車道のほうを歩くんだよ」子にさとされてつなぎなおす手

「きらめき」が水はねながら泳ぐ音きこえてきたりまぶたを閉じる

つとめ先のCEOと面談す執務室には夕陽の射して

人生に必要なものビジネスと息子と歌とビジョンと夢と

てらてらと日に焼けた顔のおじさんとおじいさんとが誘導灯ふる

「開楽(かいらく)」で焼いてもらいし餃子五個ひだり手に提げ帰りゆくなり

「ゲスの極み乙女。(ゲスきわ)」の音楽ここちよく響く子を寝かしつけたあとの部屋にて

「一番がお母ちゃんで二番がオレ三番クワガタ 好きなひと順」

クワガタは眠りにつきぬ今宵また目覚めるための餌を置きやる

「オレ野球やめて体操やりたい」という子に半年がまんさせしも

扇風機もハワイのシャツも風鈴も仕舞わぬままに秋はふかまる

東京の冬を越せずに死んでゆくクワガタたちを葬る朝(あした)