Works
作品集

連作「けやき並木」

第61回角川短歌賞候補作

〈 二人目が生まれました 〉と遠方の友から残暑見舞いが届く

なぜかくもひたさびしいのでありましょう欅並木につうじる道は

蝉の死骸敷きつめられているような歩道の果てに職場はありて

「熱中症」という字もいつしか見なくなりふうと息つき新聞たたむ

営業部予算会議に出向くため地下の部署から二階へあがる

【PRIVATE】ドアの前までリネン部の大迫さんがワゴンひいて来

カップめんのスープ啜りて挙げてゆく梨のデザート思いつくまま

雲間からほのか欠けたる月の出て残業ののちしばし仰げり

サイレンを鳴らさずすすむ救急車が朝の陽を浴び車体を揺らす

〈 メニュー派 〉と〈 献立派 〉とに分かれたり前菜ひとつに議論は止まず

「煮こごりだ」「ゼリー寄せだ」と競いたる末に「セゾン・ド・ジュレ」と決まれり

西勇輝の投げる試合を観むとして杉田部長に差し出す日報

ナイターで外野で自由で金曜で先発西でも残席はある

岡山に君を残してきたことを日ごと悔やみてたこ焼きを買う

ロウソクの炎のようなまどろみに朝陽は容赦なく踏み込めり

セキュリティ・システムはまた強化され信号待ちでささくれ毟る

コピー機の不調を知らせる貼り紙に印刷さるる文字は歪みて

街灯がケヤキとおなじ間隔で並びいるなか帰りゆくなり

フィクションでない一日が過ぎてゆき君へのメールに絵文字をはさむ

スマートフォンいじる同期に「おはよう」と手を振りながら追い越しゆけり

従業員通用口の先にある防災室には守衛の矢野さん

企画書の埋め方ばかりうまくなり窓なきフロアに社訓を見つむ

重陽にしつらえられしロビーまで昇りてくれば光射しおり

「十時にはオガタの社長がお見えです」片手をあげてドアマンの言う

第五回テーブルセッティングコンテスト審査員として席につきたり

アドリブの利く人生を歩みたし二番三番に丸を付けつつ

「支配人いらっしゃるぅ?」と永尾氏をさがす婦人の紫紺のショール

健康のためなら死んでもいいというほどのヘルシーブームはつづく

冬向けの花嫁プランを展開するサロンの前には新作ドレス

ミカさんの仕立てたドレスに触れながら女性ふたりがはしゃいでいたり

「きのこ添え」という文字だけでありふれたメイン料理の人気は高し

クロールをしたこともなき両腕をたずさえ源八橋を渡りぬ

今月のおすすめ欄には絵とともに梨のいろどりパイが並びて

後輩のミスをたやすくフォローすることなどでなく成果生みたし

飲み放題セルフサービスを廃止する議案は通らず立冬となる

文月には花火見むとて集まりし仲間を思いて並木道ゆく

「乾杯」とグラス合わせるときでさえ君は杜氏の顔をしたりき

改札でわれを立ち止まらせたまますたすたゆく背ちいさくなりぬ

ひとりだけ取り残されてしまいそうランチョンマットに青を選べば

視察より戻る列車は空いており通勤ラッシュのあわれせつなさ

保育所の帰りかリュック揺らしつつ石ころを蹴るおさなごの靴

ママ、ぼくの知っている字があったよと「住み良い町」の「み」「い」を指しおり

紅葉の散りはじめたる歩道にも夕陽は射してビルの浮き立つ

四年前に働きをやめた回転ドアは無きものとしてガラス戸押しぬ

東京に異動願いを出ししこと忘れおりしが辞令のくだる

番号や名のもつ意味を考える案内状に宛名書きつつ

ええことでもあったんか、という矢野さんの声背にうけてタイムカード押す

吐く息はなかなか白くならなくてまだ来ぬ冬かとケヤキを見上ぐ

くちびるにまだ新しき紅をさし結婚しようと告げにゆくのだ

営業部飲食課長となりたれば君の蔵より新酒が届く