Works
作品集

2017年の歌

ほとけとは言いがたき君のまなざしをまっすぐに受く 声出せぬまま

子の肩を抱き寄せながら春からの生活ばかり考えており

これまでに叶った恋はひとつだけ 小豆のなかに栗が煮えてる

コンビニもケータイも登場しない小説を読みたくて繰る庄野潤三

われひとり取り残さるるここちして息子のもとへ駆け寄りゆくも

かあちゃんがかいじゅうだよと決めつけて棒ふりまわし襲い来る子よ

半分を会社にささげ半分を子にささげいるわがエネルギー

雲間からほのか欠けたる月の出て残業ののちしばし仰げり

シクラメンの和名は「豚の饅頭」らし 木桶仕込みの日本酒を飲む

木桶にて仕込まれし酒ゆっくりとふふめばこころ満ちてゆくなり

スマホ族にかこまれ田村よしてるの遺歌集読めり身体こごめて

和歌山に潮岬というところありて幼きわれは遊びき

スポンジが座面のふちより飛び出せり公民館の椅子にすわれば

子どもには「蹴ってはだめよ」と言いしのちわれは足にて風呂の戸閉める

週一度十八センチの上履きをあらう園児の母というもの

火にかけしやかんが音を立てはじむおさなごたちの夜泣きにも似て

鳩がくる前にお食べとおばさんは群がるすずめにパンを投げやる

一週間に二パーセントを変えゆけば一年のちにすべてが変わる

昼食を終えてオフィスに戻るみち大き桜の幹に手を当つ

君の声しだいにかすれゆくごとく霞たちこめ夕闇せまる

菜の花の咲く道ゆけば子もわれも静かになりぬ君にならんで

壊されし家の跡地にのこされて花舞い散れるゆきやなぎ 嗚呼

「これまでのキャリアを捨てる勇気さえあれば私も子を産みたいわ」

同僚のことばに「そうね」とこたえつつ取り引き先に電話をかける

牛乳をたっぷりそそぎし珈琲を机に置けり午後のオフィスの

社史に残る実績出さむと企画部に新たなチーム組まれゆきたり

おだやかに過ぎゆく暮らし銀ねずの器に牡蠣をふたつみつ置く

遠き日をおもえばミヤコ蝶々のひつぎの小ささ忘れがたかり

一升瓶「百十郎」を前にして強そうな横綱だと君はつぶやく

好きなひとに好かれていればそれでいい ちくわの天麩羅われは食みつつ

良い親ではないと思えり六年間いちども叩いたことはなけれど

電波時計の針ゆるやかに狂い出し新生活ははじまりてゆく

嫉妬ぶかい私が私のなかにいる地域のひとらやさしかれども

「どうか思いつめないように」と友からの便りも風にさらわれてゆく

銀行員、店員、郵便配達員、おなじ訛りで声かけくるる

玄関へつづくろうかに蚊帳つれば芝居小屋のごとくになりぬ

「あのひとには言えねぇけんど」という話あまた聞きたり三叉路の辺に

なっとうを食べよとすすめる義母ならむわが骨密度のうすきを案じ

はじめての授業参観にゆきたれば子らは一年生然としており

尊敬と親しみあふるる教室に担任教師のあやつるチョーク

夏休みは児童クラブに行かないと訴える子をさとしていたり

グリーンのヨットがピンクに追い越され引き離されゆく夏の一日を

たちまちに帆をたたみゆく美しき学生たちに会話はいらず

PTA総会のため子のかよう学校へ向かう暑き日の下

「着座にて失礼します」とお辞儀して議長はそのまま話しはじめる

仰々しくわが家の庭へくみとりの黄色い車両が入り来たりぬ

都会にて育ちし息子はくみとりの作業を一からじっとみており

きのう取り払いし蜘蛛の巣がひとまわりおおきくなりてわが前にあり

ふてくされてばかりいたころを顧みる左右の膝をかかえたままで

感染の予防について話すとき表情消しぬ県職員は

昇る日はあかく水面(みなも)を照らしたり霞ヶ浦にさかえあれとぞ

ハムエッグ黄身とろとろに仕上がりて向かいの窓よりバイエル聞こゆ

筆順機開発チームのメンバーが足りないらしくわれも加わる

さつまいも、柿、りんご食むわれは子に「ゴリラみたい」と笑われており

幼き日われと弟たらちねの母に連れられ梨の実狩りき

テレビのうら拭きたるときに半年のあいだ探したるめがねが出で来

折れたバット用いてつくりし靴べらを素振りのごとく子はふりまわす

クリスマスイブには仮面ライダーのケーキ買ってねとせがまれており

あかねさすギンガムチェックをこのむ友日傘をとじて会場に入る

若き母がくず湯つくりてくれしことたびたびありき幼きわれに