Essay
エッセイ

バコちゃんのこと

大阪梅田に15階建ての自社ビルを構えるM社の9階、RH部という部署で、大学生の私は事務一切を任されていた。RH部は、華やかなM社にあって極力地味な部署であった。

OLという言葉とともにその存在が薄れつつあった20世紀の終わり、企業としていち早くOLという位置づけをなくしたM社は、女性が総合職でバリバリ働くのが当たり前という前衛的な会社だった。だから私のような学生アルバイトがコピーを取ったり、鉛筆を削ったり、おつかいに出たり、お客さまにお茶を用意したり、などの事務仕事を担っていたわけだけれど。

そんなM社の12階で、バコちゃんは働いていた。バコちゃんの役割がなんだったのか、私は知らない。知らないけれども、12階には確かSU部とKH部があった筈だから、そのどちらかの部署で鮮やかに活躍していたのだろう。何の用向きかはわからないが、バコちゃんはときどき私のいるRH部に姿を見せた。

健康的な小麦色の肌、くるんとした瞳、笑うとえくぼの出るファニーフェイス。バコちゃんの顔姿は、当時全盛だったアムロちゃんをどことなく模しているようにみえた。

バコちゃんには付き合っている彼氏が4人いた。

彼らのあだ名は、4人とも同じだった。「呼び間違えると大ごとになるから」というのが理由で、彼氏たちはみな「ダン」と呼ばれていた。

彼氏たちに贈ってもらうプレゼントは、必ず自分が指定する。それも、4人からまったく同じものをねだるのだ。今年の誕生日にはシャネルの赤いマトラッセバッグを。クリスマスにはプラダの新作ブーツを。ホワイトデーにはエルメスの香水と今季限定のバーキンを……。

まったく同じものを4つももらってどうするのかというと、ひとつは手元に置いて自分が使い、残りの3つは質に入れるのだ。そうしておけば、いつどの彼に会うときも同じものを持って、「あなたにいただいたこれ、大事にしているわ」と目くばせすることができるから。たとえ彼氏のうちのひとりが、バコちゃんと別の彼のふたりきりで会っているところを目撃しても、バコちゃんの持ち物をみて安心するのだそうだ。

私はことあるごとにバコちゃんから「同時に複数の男性と付き合う極意」を学んだが、それをひとに伝えたことはない。自分で実践できないとわかったら、誰かに伝えることにいたします。

(2014年)