第15回髙瀬賞候補
江戸末期に建てられし家のあちこちに釘打ち込める義父・義母・義弟
カーテンの地紋の起伏を絶滅に瀕せるというハタキでなぞる
家系譜の黄ばみし半紙にわれの名がボールペン字で付されていたり
叱られているような気になるのですあなたに強くみつめらるる時
児童館にて知りあいし地区の子等わが家をおばけ屋敷と言えり
ママ、ぼくの知っている字があったよと「住み良い町」の「み」「い」を指しおり
おまえもいつか義父のごとくになるらむか砂利を踏みしめ歩みたる子よ
ながき髪落ちていたれば家じゅうの者みなわれを咎めて去りつ
かしのみのひとりの午後に読みふけるあなたの書架の『過ぐる川、烟る橋』
九年まえ結婚したいと告げしとき父いちどだけ「やめとけ」と言いき
洗濯の終わりを告げる電子音が部屋じゅう高く鳴りひびきたり
「もう知らない勝手にしてよ」と家出せる主婦に声かくドラマなれども
走り梅雨に風景は消ゆ ああ父に父に会いたき母に会いたき
夏支度せむとて納屋を覗きおり群がり咲けるポピーに圧され
表札に刻まれることなきわれの名を郵便受けにそっと書き足す