Works
作品集

連作「あぜみち」

第26回歌壇賞候補

また君が穴に落ちゆく夢をみて赤子をつよく揺り起こす明け

転がりしヘルメットには「5区・岩田・AB型」と記されており

初雪の朝につけし名は君からのたったひとつのギフトとなりて

子を抱くことなく逝きし君をおもう何をかかえて君は逝きしか

薄墨の築百五十年経つという瓦を見上げ煙吐く義父

子をつれて帰ってこよと友の云うなぜ帰らぬかと別の友問う

ガス台の昨夜の鍋の味噌汁に豆腐ひと切れ浮かびていたり

ことばにはならないことごと抑えつけ百年つたわる杯みがく

「シラウオが穫れた」「ワカサギが解禁になった」次々置いては去りゆく人々

履かせても履かせてもすぐ脱げてしまう淡きくつした暖炉にかざす

体温が高かりし君なりしこといかに伝えむ術もなきにや

指あいに握りし埃を拭きやりて窓の結露をみつめていたり

ここらでもこんなに降るのはめずらしい、庭から義父母の会話が聞こゆ

お祝いにもらいし布には水色の糸で名前が 君のくれし名が

「落ち込んでばかりいるのはよしましょう」義母は水戸まで買い物に出る

お子さんの生まれし家を訪問していますと云いて保健師の来る

もぞもぞと座布団を勧める客間にはけったいな壺ひしめきあえり

困りいることはないかと保健師はわが淹れし茶を啜りおりたり

梅の実をかじる廊下に陽は射して凛々しく立てる松の葉のいろ

徳利を火にかけるとき君はもういないのだと知るひと肌燗にす

今われの人さし指をにぎりしむる強さに我が子のいとなみがある

えつ子さんいるか、と耳あて外しつつ返事を待たずにあがりくる人

義母の煮るおからを提げて墓までのなだらかな坂のぼりゆきたり

ゆくりかに様こそ変われこの土地にわれは定めて負える日々かな

この家に嫁いできたのも縁よねと米屋の奥さんおおきく笑う

ふるさとは遠くなりけり春場所の千秋楽をテレビに見つつ

子を抱いて畦道ゆけば雨蛙背をつやめかせぽくぽこと鳴く

いちめんの田んぼに人の影はなく白鷺えがく弧を眺めおり

眠る子の頬に頬寄す白鷺が飛び交うなかに君の匂いよ

収穫の時季がいつかは知らねども土の匂いは君の匂いよ